★01年6月 買いつけ旅行編

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  怒涛の2週間 前編

 今回は、正味ちょうど2週間で、オアハカサンクリストバル・デ・ラス・カサスグァナファトサン・ミゲル・デ・アジェンデプエブラをまわった。こんな短期の(2週間の旅行、というと普通の感覚では長い!と言われるが)メキシコ訪問ははじめてで、怒涛のような2週間だった。

 …メキシコシティに深夜着いて翌日、まずはシティ中心の問屋街(?)へ。頼まれていた、「メルカドバッグ」を探しに行った。前回この付近を歩き回っていた時に、その目指すバッグを専門で売っている店を何軒か見かけたはずなのだ。だが、来る前に友人に一度見に行ってもらった時は、見つからなかったと言われたのであるが…絶対!!この前見た、という確信があった…。しかし、1時間以上歩けど歩けど見つからない。そんなバカな…1軒だけじゃなく、2〜3軒見た覚えがあったのに。ほんのいくつか、そのバッグを置いてある店があり、そこの店の人にも聞いてみたが、そういった店はないと言われた。ショック×100。かさばるのでシティで買いたいと思っていたが、オアハカでは確実に売っているので、仕方ない、オアハカで買うことにした。

 そしてソナロサへ場所移動し、銀行へ行く。しかしこの時まずいことが。多分時差ぼけの頭で炎天下を歩きまわったのがいけなかったのだろう。銀行で順番待ちをしている時、どんどん気分が悪くなり、クラクラとして立っているのが辛くなった。そこでカウンターに寄りかかっていると…なんとそこでぶっ倒れてしまった。幸い、隣りにいた兄さんが受けとめてくれてソファまで連れて行ってくれたので良かったが、誰もいなかったら石の床にでも頭ぶつけて怪我してたかも。。不幸中の幸い。倒れたのが銀行だったのも良かった。安全だし。兄さんは水買ってきてくれて、「お金払う…」と言うと「いいから、いいから」、と言って去って行った。とても嬉しかった。助かった。

 しばらくぼーっとそこで休み、どうにか回復したが、今日は諦めて帰ることに。貴重な1日だが仕方ない。明日からはオアハカに向かう予定だったので…。

 そして翌日、朝早く、バスターミナルへ向かう。オアハカへ。今度はバスの乾燥と寒かったのがいけないのか、のどが痛くなってきた。全くもう、踏んだり蹴ったり。。翌日、サンクリストバル行きのバスに乗る前も悪化するのがとても心配だったのだが、出発前に体とのどを温めよう!とテ・デ・マンサニージャ(カモミールティー)を飲んだ。このお茶、メキシコでは普通の紅茶よりもメジャー。私は、これは確かのどに良かったはず…と思って飲んだのだが、実際はこれは腹痛に効く、と言われるお茶であった。しかし、病は気から!?なのか知らないが、このお茶を飲んだ後、ほんとにのどの痛みが薄れていき、サンクリストバルでは回復したのだ。ほんとに。

 で、オアハカ。私はこの街、ほんとに大好きなのだが、今回は様子が違っていた。ソカロとその周辺の道路全

オアハカのメルカドはワラッチェ(サンダル)がいっぱい!
動物くさい…。

体に、道なりずーっとテントが張られていたのだ。そしてその中にはインディヘナが多数。何かの集会?ストライキ?こういっちゃ失礼だが、路上生活者が並んでる、みたいな貧しげな雰囲気が漂い、ゴミもいっぱいで街の雰囲気がとても悪かった。危険ということもないのだろうが、やっぱりちょっと、やだなぁ、という気分もぬぐえず。

 …でもまずは市内をまわる。メルカドや民芸品店、それからツーリストインフォで、良くメルカドで売っている織物(当店で販売してるものです)が、どこの地方の物かを聞きに行った。しかし明確な答えはなく、教えてくれた幾つかの織物が多いという店も回る。しかし、ない。歩いていたらその織物をテーブルクロスにしてるレストランがあったのでそこの人にも聞いてみたが、メルカドで買ったとのこと。ううむ。

 翌日、オコトラン村のチアンギス(露店市)へ。ここで、いつもその織物を売ってるオジさんがいるのだ。シティでぶっ倒れた翌日出発したのも、ここの市の曜日に合わせてのことだった。やっぱりここが一番確実か。このオジさん以外もけっこう売ってることだし、この辺のなんでしょう。(?)
  この織物も、数が揃えば沢山欲しいというお客さんがいたのだけど、オジさんが一人で織ってるのでそんなに在庫はないようだった。それから、このチアンギスではメキシコシティで探して見つからなかったメルカドバッグも沢山売っていた。前の日にオアハカ市内のメルカドでも買ったが、更に調達。この日の夜、サンクリストバルへ。

 サンクリストバルへのバスは、予定より時間がかかった。(気がする)すっかり夜も明け、もうあまり眠れなくなった。その頃、サンクリストバルの1つ前の街、トゥクストゥラ・グティエーレスに着く。で、ここからサンクリストバルまではすごいくねくねの山道でいろは坂も真っ青な曲がり道。これまでは寝てる時が多かったのであまり気にならないのだけど、この時は体調も今ひとつだったし、だんだんと気分が悪くなる。そして隣りの老夫婦、おばあさんの方も気分が悪くなったようで、「エチケット袋使って」いた。ああ、そんなの見ると余計マズイ。。早く着いてくれぇ〜とひたすら眠る努力。そんなこんなでようやく到着。宿を探す元気はなく、前回と同じところに向かう。

サンクリストバル、家がカラフル

そして民芸品チアンギスへ。今回は、鮮やかな花の刺繍のシナカンタン村の織物、大き目のものを仕入れようと思っていた。しかし、これが高い。小さな物の4倍以上の値段だが、大きさは4倍もない。これを、売り子の姉さんに言ってみる。答えは簡単、「大きな物のが作るの大変。」…そうですね…。
  次はぬいぐるみ各種。ここの手作りのぬいぐるみは、みんなへんてこな顔してて、味があって私は好きだ。しかし、これも作り手の上手い下手でけっこう違う。その中で上手な人の店を見つける。値段交渉する前に、「あなたのは上手ね、みんなあなたが作ってるの?他よりカワイイ!」とかいろいろ言っておだててみたが、お値段はけっこうシビア。。誉めすぎたか。
  ここの中は、テント出してる露店の他に、歩きながら売ってる子供とかも沢山いる。普通は心を鬼にして、いらないものは買わないが、ちょうど色々買った物持ってた時に声を掛けられ、この時ばかりは断りきれず買ってしまった。こんな色々買ってるのに、ほんの数ペソ、子どもに出さないのか…とか思うと罪悪感に駆られ。

  翌日朝、また市内を見て周り、メキシコシティへ戻るバスに乗る。体調悪いながらも、予定通り行程が終わり、この時は本当にホッとした。この4泊5日旅は実にきつかった。

 それでも旅は続く..の2週間 後編

 サンクリストバルから戻り、次の一日はメキシコシティで仕入れ。民芸品市場と、再び問屋街を歩き回る。頼まれていたソンブレロ(とんがり麦わら帽)探しが難航だった。「MEXICO」の文字が入ったものを探していたのだが、文字が入るとかなり巨大になる。小さ目のものは、無地。ううむ。

 翌日からはグァナファト2泊3日。バスターミナルに着いて、市内へのバスに乗っている時に、「何度ここを往復したかなぁ。。」といつもなんとなくノスタルジックになる。まずは、通っていた語学学校へ行く。ここの校長、みつこさんにはいつもお世話になってマス。今回もお家に泊めていただくことに。
  みつこさんがお仕事中、私はとりあえずメルカドを見に行く。しかしここの中の店は、いつ行っても同じだ..しかもやる気もなさげで、夕方頃行くとみなテレビドラマを見ながらご飯を食べて店番してる。グァナファトは、メキシコ人にとっても観光地なので、よく修学旅行っぽい子ども達の集団も沢山いるのだが、彼ら向けと思われる「GUANJUATO」と入ったマグカップやキーホルダーが売ってるのって、なんだか京都の土産物屋っぽい。

 そしてみつこさん宅へ。彼女には、今回買い付けに来る前に、送ってもらおうと頼んでいた商品があったのだが、結局なんだかんだで送ってもらうのが遅れ、それじゃ私が持ちかえります…との品があった。それらを見せてもらう。予想以上にいーっぱい買っておいてくれてて、助かった。

 翌日、ドローレス・イダルゴへ。ドローレスへは、くねくねの細い山道を通って行くのだが、グァナファトを出てすぐ、バスが立ち往生。前方では、かなり巨大なトレーラーが、カーブを曲がりきれずに停まっていた。普通の乗用車は、なんとかその隙間を通りぬけて行くのだが、このバスは通れない。トレーラーはずっと止まったままで動く気配なし。バスやトラックやらの運転手さん達がわいわいと集まって会談(歓談?)。一体どうなっちゃうのやら、やきもきして見ていたが、小1時間ほどしてやっとこトレーラーは脱出した。運転手はすいませんの一言もなく、発車。ま、この場合運転手は全く悪くないから、誤る必要はないんだけど…日本だったら、絶対誤りますね?なんでだろう?
  ドローレスに着いて、お目当ての店に行く。この店は前回、色々探しまわり、最後に見つけたが為、商品は気にいったんだけど、あまり買えなかった店。今回は心行くまで?買う。棚に並んでいるのとは別に、端っこに積み上げられた皿がとても可愛かったのだが、それらは特注品で、これから出荷するとのこと…残念。

 さて、ドローレスでの買いもの後のお楽しみは、珍しいアイスクリーム。なんでだかは知らないが、この街の

サンミゲルのカテドラル
この日はなにかの撮影してて、大きなはしご車が

中央広場には数件のアイス屋が出ていて、これが他では見かけないラインナップの豊富さで有名なのだ。変わりものは、テキーラ、セルベッサ(ビール)、にメスカル、トゥーナ(サボテンの実)、アボガド、チーズetc。そう言えば、屋台のアイス屋ってすごくメキシコチックな感じがしますね。他の国で見たことないような…。鉄(ブリキ?)の缶の周りに氷を敷き詰めて、ぐるぐるかき回してます。原始的です。

 グァナファトへ戻り、この日の夜は新しく出来た日本人宿へ遊びに行きました。道路からちょっと奥まっているので、とても静かで広々してて良いところ。この時の泊り客は男性1名。彼はなんと、3年計画ぐらいの世界一周旅行の最中とか。アメリカからメキシコへと、まだ始まったばかり。うらやましい!!色んな人がいるもんだ…。

 翌日はまた移動日。途中のサンミゲル・デ・アジェンデに寄って、シティへ帰る。バスの時間の都合により、サンミゲルに居られるのは3時間くらい。ここも小さな街だから、それくらいあればなんとかなるが。まずは民芸品のメルカド、それからお気に入りのガラス屋へ行く。メキシコのガラスは、だいたいどこでも似たようなデザインなんだけど、なぜかこの店のものはオシャレに見える。単に場所柄かな??サンミゲルは、ほんとにオシャレ雑貨屋の宝庫なのだ。この時も、少し離れた方まで歩いてみたら、なんて言うか、ヒーリングスペースみたいな雑貨屋(??)があって、ここにあったオブジェっぽい絵がすごい素敵でした。すごく悩んだんだけど、額の中に何かの種子が入っていて、もしも虫とかわいたらマズイかな..と(自分を)納得させてやめときました。
  それから、この街でよく見かける陶器の工場を、前回来た時に探していて、見つからず…帰りのバス乗ってたら!!あ!!あった!!ってことがありまして、そこへ行ってみたのですが、…なかった…。なんでーーー??さて、そろそろ帰り支度を。

 シティに戻り、翌日はプエブラへ日帰り。プエブラはタラベラ焼きの街。グァナファトの物より、絵付けが細かくて高価です。しかも、相当買わないと、卸価格にしてくれない。セット(6人ディナー用セットとか)でしか買えない物が多い。と、難関な街です。前回仕入れた物と同じ柄のコーヒーカップをもうひとつ買おうと思っていたのだが、それが、白地に青の曲線模様が入ってる物で、行けばわかるだろうと思っていたが…種類多すぎ、どれかわからない!!写真持って行かなかったのは失敗でした。よーく見ると、柄がちょっとずつ違うのですね..。

 ところで、プエブラ名産のお菓子に”カモテ”(サツマイモ)ってありまして、このお菓子の老舗店みたいなのも、

プエブラの街角で

街に沢山あります。バスターミナル周辺でも沢山売ってるし、バス乗ってる時も途中で売りに来る。そしてみんな買っている。いつもすごく気になっていたので、今回買ってみました。サツマイモをつぶして、砂糖いっぱい入れて棒状にした、スイートポテトと言うよりは、サツマイモ餡みたいなお菓子です。しかもそれに、「パイン味」とか「ココナツ味」とかつけてるところがスゴイ。(味はほとんど変わらない..色だけ?しかし、イチゴ味のサツマイモって、どうよ!?)

 プエブラ終了で、今回の遠征旅も終了。翌日は、サン・アンヘルのバザールとコヨアカンへ。どちらも週末賑わう場所だが、サン・アンヘルはちょっと上流?大人?が集まり、コヨアカンは若者が多い。コヨアカンはさすがにきゃぴきゃぴな雰囲気があり(原宿っぽい)、ちょっと居心地悪いけど、他では見かけない雑貨・民芸品が豊富なのでやはり外せない。

 さて、この日の夜、寝ていたら突然激しい腹痛に襲われた。メキシコで、この時ほどのひどい下痢は初めてだったかも?トイレとベッドを往復し、夜が明けた…。どうも今回は、健康面がついてなかったなぁ。朝にはどうにか止まったけれど、この日はさすがに外出できなかった。この日は子どもの日で、泊めてもらっていた家の人達がお祭りに行くと言うが、これも行くのはやめておいた。一日、絶食。なので、もう出るものは出ないが、痛みはまだ残っていた。次の日に頼みの綱、ロモティル(腹痛薬)を買いに行った。この薬は本当に、よく効くのだ!!あまりに効くからちょっと恐い感じもするけど、もう、最後にはこの薬!これ飲めばもう大丈夫!的な信頼を寄せているわたし。この時も、効きましたよ。(この時の話しは、『メキシコのお話し』にも登場してます。)
  こうして、仕入れ日程を予定通り終え、無事に帰国できました。めでたしめでたし。


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