★97年12月〜98年7月 留学時代編

 |Vol.1(グァテマラ〜パレンケ〜ビジャ・エルモサ〜ベラクルス〜メキシコシティ〜グァナファト)
Vol.2(グァナファト〜チワワ鉄道〜サカテカス〜メキシコシティ〜オアハカ〜グァテマラ)
Vol.3(グァテマラ〜サン・クリストバル・デ・ラス・カサス〜メリダ〜イスラ・ムヘーレス〜キューバ〜パパントラ〜プエブラ)

  Vol.1 メキシコとの出会い

 私のメキシコ初上陸。それはかなり珍しいケースと思いますが、なんとパレンケ。メキシコの前は、グァテマラのアンティグアの学校に通っていまして。グァテマラINメキシコOUTの航空券で、グァテマラ→メキシコ間の

ティカル遺跡です

チケットは持っていませんでした。どうやって移動しようかと考えていたのですが、グァテマラのティカル遺跡(フローレス)から、メキシコのパレンケ行きの飛行機があるというのでこれを利用したのでありました。ティカルはアンティグアからだとバスはかなりのきついルートだということで飛行機で行こうとは思っていたのですが、できるだけの交通費節約で、ティカルに行って、そのままメキシコには行ってしまえば一番!と考えたわけです。
  しかし。この飛行機ルート、相当に不人気路線!?だったようで、ティカルからパレンケへ、最初乗るつもりだった飛行機はフライトキャンセルになってしまいました。ティカルの空港に行ったら「キャンセル」と知らされて相当なショック!!でありました。次のフライトは2日後。しかもグァテマラのビザがあと3日で切れるのです。ぎりぎりセーフでしたが・・・。そしてフローレスの町はほんとに小さくて、それこそティカルに行ったらあとはな〜んも見るものはないんです。退屈で仕方ない日をやり過ごし、ついにメキシコに行ける!!と意気揚々と乗り込んだのでありました。

 さて、パレンケの空港。着いてみたらば両替所がない。このとき、少額のドル紙幣を持っていたのでなんとか町までのタクシーに乗ることができたが、万が一持っていなかったら・・どうするの?どうしようもないよ??
  とりあえず、ガイドブックに載ってた一番安いホテルに行ってくれと頼んだ。が、タクシーのおっさんは違うホテルに連れてゆく。なんだよ、いきなり。。でも、ホテルに人は、じゃあ、そっちの行きたいところはいくらなんだと聞いてきて、あっさりとその値段に値下げしてくれた。まあ、大した額じゃなかったと思うけど。。荷物を降ろしてホッと一息、だけどパレンケ、すんごく暑かった。とにかく蒸し暑かった。。そんな記憶。こりゃ〜あっついから明日には移動しようと、バスチケットをまずは買いに行った。

 メキシコで初めてのバスチケット買い。それまでの、グァテマラのバスはとにかく酷かった。笑。かの有名な!?グァテバス、すごいのです。そのイメージでいたので、メキシコのバスシステムにはちょっと驚いた。コンピューター発券。席も決まってるし。名前も入力されていて。へぇ〜〜メキシコってすごいんだなぁって、思いました。私は、それこそメキシコのことって全然知らずに行ってましたから。犯罪の多い危険な国。そんな意識もバリバリでした。
  パレンケの次に目指したのはタバスコ州のビジャエルモサでした。私が最終的に目指していたのはメキシコシティ、そしてグァナファトだったのですが、その「危険な国・メキシコ」では夜行バスに乗るのは危険、昼間のバスだけで行ける範囲の街を乗り継いで行こうと思っていました。なので第一通過ポイントにビジャエルモッサを選んでいたわけです。・・今だったら、余裕で夜行一本でシティに行きますけど(笑)

 そんなこんなでバスチケットを買い、そのままパレンケ遺跡へ。ここは、ほんとメキシコで色々行った遺跡の中でも「もう一度行きたい」NO1です。ピラミッドの中の薄暗い階段を下りてゆき、石棺が現れる道のりはなんていうか、アドベンチャーで神秘的なワクワク感がとにかくすごいんです。今はもう入れなくなったとも聞きますが・・。遺跡に入り口付近に、今思えばラカンドン族の人たちが、お土産の弓や槍を売っていました。彼らの民族衣装は、すとんとした無地の貫頭衣に、頭にはなんか巻いていて男性も長髪だったりでなんとも”原始的”な格好なのですね。(語弊があったらごめんなさい)そして弓、槍。。メキシコの文化にも無知だった私は「・・なんかコワイ人たちがいる。。」なんて思っていました。やっぱりメキシコって怖いのか。。とか(笑)本当に、当初はメキシコ、かなり恐れておりました。

 そして初めてのメキシコ長距離バス、車種がベンツなのに感動し、ビジャエルモサへ。まずは街をぶらぶら。。で、また感激したのが大型スーパー(笑)。この辺は、グァテマラに行ったことがある方じゃないと感覚が分からないかもしれませんが、グァテマラもスーパーはありますが、なんつうか、倉庫、みたいな。レジはもちろん手打ち、みたいな。グァテマラが私の初めての中南米国だったので、そういうイメージがついてしまっていた訳です。メキシコのスーパーは、それこそアメリカの資本が入っているような超大型スーパーだったわけです。お惣菜とかあるし!パンがいっぱいだし!!(私、パン好き・笑)
 パレンケは、ほんとパレンケ遺跡があるだけの田舎町だったのであまり気づかなかったんですけど、ここでやっとグァテマラとメキシコの歴然とした違いに気づいたわけでした。セントロの辺りを歩いたらおしゃれな雰囲気にカフェがあったり、音楽やってる人がいたり、なんとも優雅、楽しげな雰囲気。わ〜〜〜メキシコってステキ♪

 で、ビジャエルモサに来た理由は、この辺りはメキシコの中でも特有の「オルメカ文明」の中心地だったからなのでした。石の、大きな頭の像?が有名です。そのラ・ベンタ遺跡公園に行くつもりだったのですが、行き方がよく分からなかったのです。まだメキシコにもあまり慣れておらず。。この際、タクシーで行こう、と思ってなんだか長い列に並んだのですが、多分それはどうやら乗り合いタクシーだったようなのです。で、システムが分からず、面倒になり・・・諦めて博物館へ。。。人頭石、沢山見られたのでとりあえず満足。

 次に向かったのが、海岸の町ベラクルス。ここは温暖な気候で、町に音楽があふれ。。とかいうガイドブックの説明でなかなかに楽しみにしていたところなのです。なのに。着いたらすんごく寒かった。ちょうど台風が来てたみたいでした。ソカロに面したホテルに泊まるも、ひっそり、静かなもの。がっかり。。。翌日は海の方の散歩道に行ってみたがもう風がビュービュー、ほんと寒かった。特に見るものがなくって水族館に行ってみる。有名らしいカフェにも行ってみる。だけどなんかね〜イマイチ盛り上がらず、ベラクルスの印象は悪かった。
  だけど普段はほんと、暖かくていいところらしいです。。あとから人に聞く話しでは、皆いい所と言ってました。それ以来、一度だけバスの乗換えでベラクルスを通ったんですが、その時はターミナルにいただけで、今度は異常に暑かった。それもメキシコでは珍しい、日本みたいな蒸し暑さ。乗り継ぎで疲れていたのもあって気持ち悪くてバス出るまでの辛い記憶。ということで更にベラクルスの印象は悪くなったままなのでした。。。

 こんなに時間をかけ、ついにメキシコシティ。犯罪の町。巨大都市。怖い!!・・・そればっかりでした。ターミナルに着いて、荷物もあったし怖いし、タクシーに乗りました。当時、第二の日本人宿が、オープンしたばかりでした。グァテマラで一緒だった友人と、実はこの宿で会えたら、会おう、と待ち合わせをしていたのでした。彼女とは、ティカルに一緒に行き、私はそこから上記のルートでメキシコシティへ、彼女はいったんアンティグアに戻り習っていた織物を終了させてから飛行機でメキシコへ。で、多分日程的に同じ頃になるだろうとふんでおりました。

 そして宿に到着して、まずは「○○さん、来てますか?」「来てませんよ」・・なんて話しをして、じゃあ、宿帳に書いて。。とかやってるとそこにブザーの音。ドアを開けるとかの友人が!わぁ〜〜!ピッタリ!びっくりしました。このとき、確か他にお客さんいなかったんだったかなぁ。日本食の夕飯とか、最初の頃はやってました、この宿。
  そういえばティカルで会った日本人の男性に、今度メキシコへ来てこの宿の料理当番をやるんだって話を聞いたり、この宿の管理人さんと、再びアンティグアに戻った時に会ったり、ちょっと不思議なご縁がありました。

 翌日、初めてメトロに乗りシティの街へ。と言っても、友人がこの後南米へ行くということでそのチケットを買ったり、私はこの後グァナファトで勉強する予定だったのでそのバスを偵察に行ったり、あとはおしゃべりしたりで何も観光はしないで終わりました。友人のチケットはすぐ翌日のが取れて、私ものんびりしていてはいけないと同じ日にグァナファトへ行くことを決めたのでした。その時はちょうど12月。クリスマスをどこで過ごすか、なんて話ししてたなぁ。
  そしてそれぞれが旅立つ当日、私のほうが先の出発で、宿の近くのメトロの駅で別れました。彼女は南米旅行を終えてからメキシコに戻ってくると言うことで、その時にグァナファトに来るから、また会えるかな、ご無事で〜!・・・っていうなんだかけっこうドラマのような?別れでした。当時、まだメール使ってなかったので連絡とれなかったから。

 そしてまた一人になってグァナファトへ。行く学校は決めていたけど、予約とかはしてない行き当たりばったりでした。でも、もう一人、グァテマラで一緒だった人が、これまた少し先に、同じ学校に来ているはずでした。彼女とは、期間とかは違ったけど、計画が同じだったわけでした。
  グァナファトに着いて、バスに乗って、ガイドブックに載ってた一番安い宿へ。行くつもりの学校はすぐそばだったけど、もう夕方だったので学校へは翌日に向かった。ちゃんと友達がそこにいて、再会いたしました。その時ちょうど校長のみつこさんが日本に帰国してて、手伝いしてる別の日本人女性が手続きをしてくれた。ホームステイも探してもらう。
  グァナファトはほんと小さな町で、でも町全体がすり鉢状なのでメインストリート以外、ほとんどどこに行くにも坂坂、坂、しかも急坂。なのにワガママにも「出来るだけ、坂登らないところがいい」とリクエスト。だけどそんなところなかった。まあ、宿も安いからとりあえずはそこでいいか。って感じだったんだけど、ここで一度、体調崩しました。熱が出てしまって、ひとり宿で寝てるのはけっこう悲しいものがあった・・・。

 数日して、一軒、坂登らないいいところがあって、もうすぐそこにいる一人が出るから、その後はどう?ってことになった。その人がいつ出るのか確認するね、って。そしたらその人ははっきりとは決めてなかったみたいだけど、つぎに住むところも決まってたのでその話しの次の日に出てくれると言うことで。まるで私が追い出したようなことになりましたが(−−;、ステイ先も決まり、グァナファトでの学校生活がスタートしたのでありました。

  Vol.2 またグァテマラへ

 さて。グァナファトの頃の話は、それこそ長くなるのでカット!させていただきます。グァナファトにいた間は、メキシコシティに行ったくらいで特に旅行はしておりません。
 グァナファトはとても楽しく過ごしていたのですが、だんだん友人が増えてくるとだんだん遊ぶ方がメイン(!?)になりつつあり、そして日本人も多かったのでなんだかこのままでいいのか?という気持ちが膨らみ、そんな話しをやはりここの前にグァテマラにいた友達と話していて、「もう一度グァテマラに行く」ということにしてしまいました。確か3月初めごろ。4月始めのセマナ・サンタ(イースター)を過ごしてから出発、5月の一ヶ月をグァテマラへ、という計画でした。
  その頃、シティの宿屋で劇的再会!をした友達も計画通りにグァナファトへ来ていて、彼女とまずはチワワ旅行へ行くことにしました。そしてシティへ戻り、再び友人と別れ、オアハカ経由で国境越え。・・って考えてみたら「遊びすぎ」と思って移動する事にしたわりに、途中また結構遊んでるし(笑)

 チワワ旅行の目的はもちろんチワワ鉄道。その出発点となるロス・モチスを目指す。友達と一緒だとなんとなく強気で一気に20時間近くだったかな?の夜行バスにて。このバスはそれまで乗っていた長距離バス(ADOとプリメーラ・プルス)に比べると座席もボロでなかなかきつかったなぁ。途中いろいろ停まるのだが、どこに着いているか分からず・・私はぼっとしてたけど友達がふと「ここロス・モチス?」と聞いたらそうだった。危ない危ない。
  この街は本当にただの町。なにもない。ホテルを探してからさっそくチワワ鉄道の予約オフィスへ。翌日の列車は取れたけど、景色がいいといわれているサイドは残念ながらいっぱいだった。

  翌日。メキシコで初めての電車。メキシコの電車はあるにはあるのだがダイヤがあまりにもいい加減なようで、通常旅行に使う人はほぼ、いない。この電車は景色が良いことで有名で旅行者用には有名だ。一番の有名ポイントがディビサデロ。グランドキャニオンの何倍だとかいうすごいところだがあまりの大きさにかえって実感がなかったのか?そんなに大感激では、なかったなぁ・・。紅葉の季節はきれいみたいです。
  で、次の駅くらいがクリール。ここに今日は泊まるつもりだった。本当に田舎の村、って雰囲気で何もない。駅周辺のお店を少し覗き、友達ともにおなかの調子が良くなかったので水分補給によいというので二人してゲータレードを買った。・・ってなんでそんなこと、って思われそうですが(笑)メキシコで売ってるゲータレード、どれも鮮やか過ぎる色がついたなんとも体に悪そうな水なのだ。赤・青・黄色・紫・緑。ほんとに絵の具を溶かしたみたいな色です。なので恐ろしくてそれまで買ったことなかったけど、その後はなんとなくおなかの調子が悪いと買っていたなぁ。

 そしてまた翌日。チワワ鉄道の旅、景色とともに有名な「タラウマラ族」の集落へ。彼らは「走る人」で裸足で何日も走り続けるらしい。以前、ウル○ンでも紹介されていましたね。その集落を見にツアーで行くことにした。ツアーといっても私たち二人にガイドがつくというもの。彼らの住むところには奇妙な形でそそり立つがあるということであったが・・なんか怪しかったなぁ(笑)自然にできたということだったが、どうも削ったような・・・気が・・モゴモゴ・・・。(あくまで私観)そしてタラウマラ族の家というのも観光用に作られた感じでなんともがっかりだった。 まあそりゃ、自分たちの本物の家を見世物にはしないだろうけど。。。ガイドも何の説明をするだけでもなくただのドライバーだった。友達がそれを突っ込んでいたが彼は無言。
  テンションが落ちてクリールに戻るとすぐにチワワ行きのバスが出るというので飛び乗った。チワワはチワワ鉄道の終点になるわけだが、ここは電車よりもバスの方が断然早いとのこと。チワワのターミナルはロス・モチスとは比べ物にならないくらい大きく近代的だった。大きな街かもしれないけれど。着いたその足でサカテカス行きの夜行バスに乗った。
  このバスのことは、変な意味ですごーく記憶に残っている(笑)席が、ちょうどトイレの横だったのだが。。。それがそりゃもう、臭かったのです・・。おじさんが駆け込んだあとそうなったので・・・流れてないのか!?なんなのー!?と嘆きながら鼻を押さえてなんとか眠りました。。トイレ行きたくならないでほんと良かった。。。

 翌朝無事サカテカスに到着。サカテカスはとてもきれいな街で印象◎。仮面ばかりが展示してある博物館へ行ったが、これがものすごい迫力でコワかったよぅ。かなり早足で回ってしまった。

 その後シティにたどり着き、また一人旅の始まり。オアハカへ。北方面の寒さに比べてすっごく暑かった。ホテルが角部屋で窓もなく、暑くて寝れなかったです。。思わずドアあけっぱで寝てしまった。
  オアハカではまずはモンテ・アルバン&ミトラーの遺跡へ。ミトラーは小さな遺跡だが見ごたえのある遺跡だった。
様が美しい。

安ホテルってこんな。
オアハカ

モンテ・アルバンはだだっぴろくてぼんやりとした印象しか残っておりません。一人旅で遺跡見るのってのんびりできていいけど、やっぱり重要なポイントとかが分からないのがある意味もったいないんだよね。
  もう一日、どこに行くか迷ったけど結局テオティトゥラン・デル・バジェへ。ここはミトラーの文様などを織り込んだ羊毛織りが有名で、あとコチニールという虫での染色も。村はとってもひっそりしてた。中心に向かって歩いていくと道端にはちらほら工房が。
  この頃はこれからまだまだ移動もあるしお金もないし、もともと買う気はなかったので見るだけ、見るだけ。グァナファトでここの織物と同じ手法の織物を少しだけ習っていたのであれだけのものを織り上げる苦労がむしろ想像できないくらいに、わかる。オアハカにはここ以外にも民芸作りの盛んな村やティアンギスで有名な村などたくさんあるけどとても見切れないー。

 さてお楽しみ気分は終了。いざグァテマラへ!まずは国境の町タパチュラを目指す。もちろん夜行バス。朝到着。そして今日のうちに、目的地であるケツァルテナンゴ(シェラ)まで行かなくては。そう、今回はアンティグアはちょっと遠いので、その手前のケツァルテナンゴに滞在するつもりだった。タパチュラのターミナルから乗り合いコンビで国境まで。ものすごく蒸し暑い。コンビの中は蒸し風呂状態なのに窓なーし!(こうやって書いてますと、メキシコでも蒸し暑いところってけっこうありますねぇ)そしてとうとう、歩いて国境を越える。ジャングルの中のを渡る。混沌とした光景だった。無事グァテマラ入国を果たし、ペソを買おうとする両替屋を断りながらバス乗り場を探す。(ここで多少なりとも両替をしなかったのは失敗だったのだが)
  ああ。グァテマラだ。乗り場もないので呼び込みしてるおじさんにシェラ行きを聞いてなんとか乗った。グァテマラのバスは、メキシコみたいな大きなバスではない。ぺセロのサイズに近いかなぁ。座席の幅をぎりぎり広く取っているので通路がやたら狭い。座席も広くはないが無理やり3人で座る。3人目はちゃんと座れなくて、なんていうか、”半ケツ"状態なので立ってるより疲れる。。けど空いてる(ってゆうか二人しか座ってない)場合は座れと怒られる。多分道も悪くてすごく揺れるので立ってると危ないからだと思うが。。そしてこのバスもうひとつの名物?がいわゆる、車掌さん。無理やり両側3人座った状態だと通路はないに等しい。さらに立ってる人もいたりする。しかしそこの隙間を縫うように彼らはバス内を移動する。そしてどんなに混んでいても間違えることなく、新規客から料金徴収。あれはほんとプロ!って感じでかっこいいんだわ〜。とか思うのは私だけ?そんなグァテバス、途中までずっと"半ケツ"席でかなりキツかった(−−;へとへとなりつつ無事シェラに夕方到着。

  Vol.3 そして再びメキシコ、ついでにキューバ

 また学校に通い始めてその後、シェラは思っていた以上に寒くてなんだかいやになり、結局2週間で退散、アンティグアでまた2週間を過ごした。
  帰りも同じルートで国境を越えてメキシコへ。 この時もやっぱりホッとしたなぁ。最後の1ヶ月はもともと旅行をする予定だった。

 タパチュラからサン・クリストバル・デ・ラス・カサスへ。
サン・クリストバルは前から興味があったのだけど、「治安が悪い」という情報でビビッていて避けていた。けどグァナファトいた間に行った人の話を聞いたらそんな恐れるほどではない・・ということで行ってみることに。
  ガイドブックの安宿に行ったけど、ここはひどかった。。!やけに広い部屋だったがその空いてる空間にはかなりの雨漏り。じめじめ湿気のせいか、ベッドにはムシがいたようで翌日足にたくさん点々ができた。(ダニ?)1泊しかしなかったけどね。

 一日目は街の中を散策、翌日は周りの村を訪ねるツアーに。このツアーはけっこう人数がいたかな。そしてガイドさんはとっても好感が持てる人だった。変に先住民に同情的立場でもなく、かといってサパティスタに批判的でもなく、中立でたんたんと事実をいろいろと語ってくれた。チアパスの現状を多少なりとも理解できた有意義なツアーだった。
  このとき訪れたシナカンタン村の鮮やかな織物にも惚れました。ほんと欲しかったけどやっぱり今後を考えて我慢(泣)。

 ツアー後そのままメリダへ。ユカタン半島のメリダ、気分は一気にリゾートモード。常夏な空気。太陽に反射する白い建物が美しい。ソカロあたりをぶらぶらしてると”海に行きたくない?"というツアーの勧誘のおじさんが。カンクンに行かなくても近くに美しいビーチがあるとのこと。んーでもこのあとカンクンの予定なので我慢して。メリダの市場で売られている民芸品はこれまで訪れたところでは見かけなかった南国っぽい(編み上げたカゴやハンモック!)がいろいろあった。それに白地に刺繍の民族衣装が暑いから仕方ないのだろうが、とても薄地の生地なんだよね。おばさんとかみな着てるけど下着がスケスケ。。いいのかしら。。(笑) そんなセクシー民族衣装は買わず、普通のワンピースを普通の洋服屋で購入〜(^^;

 そしてウシュマルとカバーの遺跡へ。他もいくつか回るコース(周遊バス)もあったけど、ゆっくり見たかったのでこの2箇所だけにした。ウシュマルはなんといっても「魔法使いのピラミッド」が有名だ。石なのにまるっこい形で女性的なピラミッドなのです。ピラミッドは、必ず登る。スリル満点。カバーはすでに暑さに疲れてあまり記憶がないー。

 翌日はチチェン・イツァーへ。遺跡経由でそのままカンクンへ行く予定なので荷物も背負っていった。

チチェン、ククルカンのピラミッドの上から戦士の神殿。端っこギリギリで笑顔ひきつる


  バスは観光用ではなく、普通のバスだったわけですがその時隣のおじさんに話しかけられた。なにやら新聞を差し出して「女性の運転は危ない」などの記事のを「読みなさい」と言うのだわ。えー。でもせっかく言われたので適当に読んで返した。さらにチチェンで降りるときに、「この村の人?」って聞くじゃないか。「観光で。。」というとやっとおじさんは気づいて、なんだ、メキシコ人じゃないんだね!・・だってさ。これはもちろん私のスペイン語力によるものではなく、すっかりこんがり焼けた私の顔のせいだったと思う。
  それに丸顔でまん丸目のユカタンの人と私はどうやら共通顔らしく、その後も何度もメキシコ人に間違えられ、キューバに行ったときは「え?日本人?うそでしょーアハハ!」とまで言われたんだよね。。

 さてチチェン観光。ここは本当に他の遺跡に比べてきれいに整備されて一大観光地の様相でした。遺跡はさすがに見ごたえあり!ピラミッドはもちろん、チャック・モール像やカラコル(天文台)、セノーテ(泉)、どれもこれも日本の文化からはほど遠い遺跡たちがなんともロマンを誘うのであります。昔から遺跡とか好きでしたが、歴史の授業で聞いたここらの遺跡、「行ってみたいけど、行けることは一生ないんだろうなぁ〜」と感じてた、遠い遠い存在だった。のに、来ちゃった!!笑

 そしてついにいざ行かん!カンクン♪♪
・・と言いましても、ビンボー旅行の私にカンクンのリゾートエリアに泊まる予算はなく、とりあえず街中のホテルを探す。
それでも相当奮発しました。。

イスラ・ムヘーレスの島の先っぽ

 カンクンの海は、比較的安いというイスラ・ムヘーレスで堪能するつもりだったが、その後キューバに行こうと思っていたのでそのツアーを探すべく、まずはカンクンに一泊したのでした。グァナファトで聞いていた通り、カンクンからのキューバツアーは安い!キューバに行く予定なんて、もともとはなかったがそれもグァナファトにいた頃にみなが絶賛するので行くことにしたのだった。でも女の一人旅、旅行窓口のおばさんには「男探しに行くの?」的に見られた。。

 イスラ・ムヘーレスは「女性の島」という名前の通り、小さな島です。フェリーで向かう。気持ちいい〜〜!そしてホテルも安い!クーラーないけど。夜暑くて寝れなくて屋上で涼んだりしたけどあれもまた気持ちよかった。考えてみたらリゾート地に一人で行ったのってあれっきりですねぇ。淋しい気分はさっぴいても、あそこは最高の海でした!カンクン、最高よ♪(だから、カンクンでは、ない・・)

 キューバ。いきなり行ってみたのはいいが、なにせガイドブックの類を何も持っていなかった。旅行会社でもらったピラッとした地図一枚。ツアーは飛行機+ホテル+送迎だけなのでさてどうしよう。
  まずはホテルの近くを歩く。海の方へ。話しかけてくる人はたいてい「キューバは何もない、いやだ、出たい」とか。こうやって外国人女子を狙ってるのか?カフェの前を通りかかったとき、東洋人らしき人がいたのでなんとなく視線を送ると「あれ、日本人?」と話しかけてきた。彼はキューバ人の女の子と話してて、その子をほって私のほうに来たので「あれ?友達じゃないんですか?」って聞いたら「違う、全然知らない子」って。外国人男子も同じようなもんなんですね(笑)

 そしてハバナで唯一「行ってみたい」と決まっていたところがどっかの写真でみた、建物の壁一面にゲバラ

ココ!カッコいいでしょ。国旗がちゃんと写るタイミングをかなり待った・・

肖像がアートっぽく飾られたところ。空港からの道中でちょうど通ったのでその勘を頼りに歩いていった。おーゲバラ!!そこが何かの記念の場所かどうかも分からない(笑)
  それから旧市街をまた歩く。交通網がさっぱり分からないので歩くしかない私。旧市街の辺り、なんとも趣のある建物がたくさんある。言葉を変えると、ボロ(笑)。もちろん住んでたら全然違うだろうが、見た目的には趣きあって、好きですね、ああいうところ。そして平日昼間、たくさんの人が暇そうにボーっとしてた。建物の2階から道路をまたボーっと覗いてる人も多数。これが社会主義??
  ぶらぶらしててまたキューバ人に話しかけられ、私もなんかあてなかったので、中華街があるというのでついて行ってしまった。お茶して、おごらされる事はなかったんだけど、どうやら二人分外国人料金を請求してきたようで彼が怒ってる。へー。そんな区別されてんのね。そのあと、ハバナにもきれいな海がある!というのをまたついて行ってしまった。考えてみたら、ああいう行動はやめた方がよろしいです(−−;。
  でもそのおかげで乗ってみたかった、らくだみたいなバスに乗れた。2台のバスをつなげた、電車みたいな不思議なバス。すごく気になってたんですよ。このバスは自転車ごと乗れるようでした。中も広かった〜。
 

らくだバス。これまた写真撮るために、待ってました〜

 ハバナは夜も安全だから踊りに行こうというのはさすがに断り、安全なのはほんとらしいが、やっぱり怖いので夜はおとなしく過ごしてました。のでキューバ人の踊るところを見ることもなく、どことなく中途半端ながら新鮮体験な社会主義国垣間見旅行でした。

 帰りの飛行機を降りたところで、あの話しかけてきた日本人にまた出会った。このヒト、おじさんバックパッカー?でしたが、カンクンの空港から市内へは観光客用の高めなバスしかないかと思っていたら、この人が「いや、一般の人の使うのがあるし全然安い」というのでついて行った。しかしこちらも「メキシコ人料金」と「観光客料金」があると言う。私は学生証を出したらOKだったが、そのヒトは学生証持ってないし、無理ですよ〜と言ったら「スペイン語話せるならお金ないから安くしてくれって言って」とか言い出した。ちょっと呆れつつ一応運転手に告げると・・バス停止。「金ないなら降りろ!」と一喝。そりゃそうか・・。他の人たちも白い目〜。やっとその人はお金を払った。なんだかな・・・・な出来事でした。ターミナルについてサヨナラ。

 このあたりでは、トゥルム遺跡も行きたかった。どことなく惹かれた「城塞都市」のカンペチェにも未練があった。がキューバ行ってしまったのでもう日にちがあまりない。
  次は一気にベラクルス州のパパントラへ。お目当てはエル・タヒンのピラミッド。バスはベラクルスでの乗り換え、この時がVol1のターミナル超蒸し暑く気持ち悪くなったとき。パパントラはそれはもう小さな村だった。遺跡があるだけの村、と言うことではパレンケと近いかな。といってもパレンケよりもこぎれいで可愛らしい雰囲気だった。しかし村のカテドラルを見たらもうなーんもない!です。

 翌日、エル・タヒンへ。タヒンのピラミッドは段々に窓のようなくぼみがあって独特のピラミッド。ガイドブックで

右奥がその有名なピラミッド。いつも写真下手!

写真を見た瞬間から、「ここ行きたい!」と思ったところだった。るんるん気分であちこち見てまわっていたら、腕時計をなくした。。。
  ここらのもうひとつの名物は「ボラドーレス」。神に捧げる儀式らしいが、高〜い棒の上から足を紐で縛った逆さづりの状態でくるくる回りながら降りてくる。という不思議なもの。パパントラの中央広場にもボラドーレス用の棒が立っていたナ。エルタヒンの遺跡の広場でも、実演してくれるので見物した。実際は、そのくるくる降りてくるまでに笛を吹いて踊ったり(ってほどでもなく歩いてる、みたいな地味なやつ)が長くて、降りるのはあっという間に終わった。・・わりと「期待はずれ」系かなぁ・・(^^;

 次に向かったのは、クエルナバカ。メキシコシティを経由して、そのまま通過して到着。常春の街と呼ばれている通りの穏やかな気候でのんびり。観光地な様相。コルテスの宮殿など。キレイだけどあまり印象に残らない街だったかな。。翌日は友達に薦められたカカワミルパ鍾乳洞へ。遠足っぽい子供たちがたくさん来てたなぁ。そんな場所。スケールはかなりでかい!!ガイドさん付きで、あれは何の形みたい、とか色々言うがビミョーに・・ほんとに自然に出来たんですか???みたいなやつが。。
  そのまま今度はタスコへ。泊まるつもりだったけど、シルバーの店ばかりでつまんないなーとそのままシティまで。
コロニアルがウリのグアナファト、クエルナバカ、タスコってどことなく雰囲気は似ていて、どこかひとつ行けばいいかも〜です。そして私はグァナファト派ですのでほかはあまりぴんと来ないのです。つまらないわけではないです〜。←フォロー

 よくやくシティです。私の飛行機チケットが、一応日にち変更不可なんだが、手数料払えば延長できるとかなんとかだったので一応空港オフィスへ行ってみた。延長できるといっても期限はどちらにしてももう1週間だけで。。手数料安かったら。。と思って行ったけど、やめたってことは高かったのかな。結局残り1週間。荷物も置いてあったのでグァナファトへまた戻り、数日授業も受けて、帰国。
  グァテマラも入れて約10ヶ月。って考えたらたいした期間ではない。けどあんなにも沢山のこと、新しいことをあれだけ体験できるってもうこれからなかなかないんじゃないかと思う。そしてその後、こんな形でメキシコと関わり続けることになるなんて想像もしていなかった。

 

=もうすでに10年近く前の記憶をたどりつつ書きました。全然忘れちゃっていたり、くだらないことを覚えていたり。書いていて思ったのはよく覚えているのはやっぱり「誰か」と関わったりしたこと。人って、大事だよねー。こんなつぶやき的旅行記を読んでくださった方がいたら、どうもありがとうございます!


TOP INDEX